『「オモイ」を運ぶ おもいきり、思いやる』をコンセプトに、2025年新たなる変革の一歩を踏み出した大阪重機。
コンセプトになぞらえて、そんなことまで聞いていいの?! というような赤裸々インタビュー企画を実施。
今回は2025年1月に取締役社長に就任した辻󠄀村社長にお話を伺いました。
コンセプトになぞらえて、そんなことまで聞いていいの?! というような赤裸々インタビュー企画を実施。
今回は2025年1月に取締役社長に就任した辻󠄀村社長にお話を伺いました。

楽しみは自分自身で見出すもの
- Q1大阪重機に入社したきっかけを教えてください。
- 高校を卒業し、25歳まで某自動車メーカーのディーラーをしていました。先に退職した後輩から誘われて大阪重機へ。当時は入社したら定年まで勤め上げるというのが当たり前の時代でしたから、やはり不安はありましたね。でも正直、仕事にやりがいも感じられず、納得のいく給与額ではなかったこともあり、転職に踏み切りました。
- Q2現在60歳の辻󠄀村社長。当時25歳の辻󠄀村社長はどんな青年だったのでしょうか。
- 母が病気を患っていたこともあり、早めに結婚式や子供を見せてあげたくて21歳で結婚をしました。大阪重機に入社したのはちょうど第一子が生まれた頃ですね。まだ事務所が福島区にあって、バブルの時代だったこともあり近くのマンションの1階にあった喫茶店を会社が買い取って、現場がない時はそこでウェイターとして働いていました(笑)。朝6時のモーニングから、17時まで。仕事が入れば現場に行って……。休みもなく、なんでウェイターを?と嫌になることはあったけれど、とにかく働いてお金を家に入れようと必死でした。
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- Q3今では考えられない働き方ですね……! 体力的にも気力的にもどこかで限界が来そうなものですが、どのように乗り越えられましたか。
- 「人に負けたくない」。それしかなかったかもしれません。先輩がどんどん辞めていって、入社12年目の37歳の頃には一番上の責任者になってしまって。教えてくれる人もいないし、自分がやっていることが正しいかどうかもわからないまま現場責任者を任されるようになりました。
当時はあまりクリーンなイメージではない業種でしたし、実際、協力会社の方で良好な関係を築きにくい方たちもいたんです。そんな中、一人で現場を仕切らなければいけなかったので、とにかく負けたくなかった。裏を返せば、仕事に慣れないうちは毎日が刺激的なんです。毎日違うことが起こって、わからないなりに現場の責任者として場を回していくということに達成感も感じました。
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- Q4過酷な環境の中で、ご自身で楽しさを見出されたんですね。
- 楽しいことは降って沸いてくるわけではなく、自分で見出さなければならないと気づいたのは随分と大人になってからです。それこそ去年くらいじゃないかな(笑)。
プライベートも紆余曲折を経て2023年に再婚をしたのですが、妻が会社員を辞めて音楽の専門学校に入りなおしたり、趣味も多かったりと、生き生きとしているんです。そういう姿を見ると刺激をもらいますね。
僕自身も妻の影響でラフティング、サップ、スノーボードを始めました。
しっかり働いて、休日は趣味を全力で楽しむ。切り替えながら働いています。
鈍感で、ストレスを感じにくいタイプなんですが、46歳の頃に一度心肺停止したことがありまして……。

自分の選択は正しかったのだと
自分自身で認められるように
自分自身で認められるように
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- Q5心肺停止ですか?!
- 出張で飛行機に乗るために空港の階段を駆け上がっていて、急に倒れたんです。たまたま倒れた目の前にAEDがあり、周囲に医師の方が3名もいらっしゃったこともあり、皆さんに心臓マッサージなどをしていただいて一命をとりとめました。
3分くらい心臓が止まっていたらしく……。病院に駆け付けた両親に医師から「このまま意識が戻らないかもしれない、戻っても後遺症があるかもしれません」と説明があったそうです。
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- Q6そんな大きな経験をして、何かお気持ちに変化はありましたか。
- それが全然ないんです(笑)。タバコを辞めたことくらいかなあ。今でもICDという装置が体内にありますね。
やっぱりどんな仕事をしていても多かれ少なかれストレスはありますから、どう付き合っていくかが大切だと思っています。
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- Q7若い世代の社員の方とはその辺りの価値観にもギャップがあるかもしれません。
- その人ならではの個性を活かせたらいいなあと思いますね。自分がやったことが正しいかなんて後からしかわからない。後から振り返った時に正しかったと自分自身で認められるように頑張るしかないですから。
まずは全力でやりきって、自分なりの答えを出してほしいなと思います。
そして私にない新しい答えを聞かせてほしいです。
私は「着いてこい!」のタイプではなく、「皆で行こうよ」のタイプ。
一緒に良い方向を見つけていける組織を作りたいと思っています。
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- Q8社長に就任していかがですか。
- 社長になって見えてくるものがたくさんあります。社員の皆が大阪重機を誇りに思えるような、働いていてよかったと思えるような瞬間を積み重ねていきたいですね。そうすることで社内で思いやりが生まれて、お客様への思いやりが一層深くなる。まずは私が社員の皆に思いやりを持つことを徹底していくつもりです。
INTERVIEW
「オモイ」を語る
おもいきり!インタビュー
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